ハイパーローカルから世界をよりよくするブログ

東北の田舎から世界をよりよくしていきたい想いで毎日を生きるinakanohitoのブログです

無人のコンビニ、Amazon Go(アマゾンゴー)が宮城県気仙沼市にやってくる未来について考える

最近、こんな動画を拝見しました。↓

www.youtube.com

 

レジが存在しない、無人のコンビニエンスストア

AmazonGO。

 

仕組みとしては、

 

Amazon Go専用アプリで入場

②顧客動向をカメラやセンサーがチェック

③取り込んだ画像データを、AIで処理する方式

 

らしい。ICタグを商品につけて、

それをセンサーが感知する仕組みを日本では模索しているので、

日本内にすぐには普及しないのではないか、という論もありました。

 

仕組みは難しいのでよくわからないですが、

「利用者側の立場」で考えてみます。

 

おお~!超便利じゃん!!!

 

というのが私の率直な感想です。以下、その理由です。

レジ待ち不要だから

気仙沼のスーパーで買い物をするときでも、意外とレジ待ちが多いです。

特に特売がある日などは、ずらーーっと、並んでいる事があります

おばちゃんたちが、ひとりでかご2個分とか買っている中で、

スルメの袋詰めを1袋だけもって並ぶのは、

なんだか後ろの並んでる方々、そしてお店に申し訳ない気持ちになります。

それが解消されるのはとてもうれしい。♪

 

※追記※

最近近所の「クリエみ○ら」というスーパーでは、

もともとレジはすべて人力だったのが、

レジ打ちは人力、決済は完全機械、に変わっていた。

 

機械に現金を入れると、おつりがジャラジャラ、

領収書と一緒に出てくる仕組みである。

田舎のスーパー業界もIT化が進んでいるんだなあと感じている。

現金が不要だから

アプリ決済のため、月末にまとめてクレジットカードに請求がくるのであれば、

現金や、カードが、全くの不要となります。

 

私は財布を持って歩くのがニガテです。

なぜなら、財布が不思議と手から離れ、どこかへ居なくなってしまうからです。

 

スマートフォン(将来は人間に埋め込まれたチップ?)

だけで決済が完了するのであれば、自由にくまなく動けるので、

普段、持ち物を持ちたくない層にも優しい世界が出来上がり、

外にふらっと出る機会も、ますます増える事でしょう。ありがたい。

 

 

 逆にデメリットも考えてみます。

お店の「人」とのふれあいの機会が喪失

特に田舎のスーパーのレジ打ちの方は、本当に親切です。

決済した商品が入ったかごを、レジ先のかご置き場までもっていってくれたり、

レジを打ちながら、袋にそのまま持ち帰れるように詰めてくれたりします。

 

フェイストゥーフェイスなので、簡単な挨拶や会話も生まれます。

 

そんなコミニケーションの機会がまったくなくなってしまうのは、

とりわけ、田舎のスーパーを頻繁に利用している、

高齢者のおじいちゃん、おばあちゃんには寂しいものになってしまうのではないかなあ

とも思いました。

ITを使える・使いこなせない層との格差

先ほど田舎のスーパー、特に日中は

高齢者のおじいちゃん、おばあちゃんがよく利用しています。

 

「ああ”?、南米にある、あのあまぞんかえ?」

となってしまう方が多いです。

 

昨年、PCデポの高齢者への過剰請求が問題となりましたが、

ITを使える層は、ひたすらに便利になる一方、

ITを使いこなせない層は、頭を悩ませる事も多くなっています。

 

仮に、「有人」であっても人件費の分、少し値段が高いコンビニも

ニーズはあるといえるので、今後は「無人だけ」残るのではなく、

「有人」のコンビニも、残るのではないでしょうか。

 

「有人」コンビニのニーズが高いと思われる高齢化率が進む地域、

まさに気仙沼のような地域では、無人コンビニがなかなか普及していかないだろう、

という結論の方が、正しそうです。。

 

 

利用者側の立場で考えてみましたが、

使用者側の立場で考えてみます。

 

労働分配率」という考え方があるのですが、

コンビニエンスストアは、会社の利益(売上ー原価)に対して

約40%程の人権費がかかっているそうです。

 

利潤追求を第一目的とする民間企業において、

利潤がでなければ、事業継続ができない(人間におきかえるなら、血液=金)ので、

IT化を促進する事、つまり人件費を減らす事が合理的な経営判断である、と言えます。

 

少しマクロな視点で考えてみれば、

会社が人を減らしてIT化を駆使し、儲かったとしても・・・

 

そこに国が税金をかけて「社会保障福祉」として還元することで、

結局は、IT化による離職を迫られた方々も、救われる仕組みになっている

・・・はずだよね。

 

だから、最近ベーシックインカム

(最低限度生活を営める金銭を、国民全員に配布してしまう制度)

とかの議論をよく聞かれるようになったのか。

 

人の「時間」は有限なので、レジ待ちの時間は、正直不毛で、

その時間の積み重ねで映画を何本も見れるなら、

私は映画を見た方がいいなあと思います。

 

なので、AmazonGoのような無人コンビニが

是非宮城の気仙沼にも早急に導入されてほしいなあというのが私の感想です。 

 

 

inakanohito

ホリエモン絶賛の重松清「とんび」を25歳にして初めて読んでみて

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私は、宮城にプロ野球球団(結果楽天になりましたが)

を根付かせるきっかけを作ってくれた、

ホリエモン堀江貴文氏)が好きで尊敬しています。

 

最近、ホリエモンの動画をユーチューブで

色々とみていました。すると、泣ける小説が読みたいなら、

「とんび」が一番おススメ!と言っていました。

 

(ポチっとな。)

・・・2日後。

自宅に届きました。早速、読んでみた。感想・・・。

 

やばい・・・。これは・・・

泣ける・・・

泣けるよ・・・本当に・・・

 

嗚咽交じりで泣いたのは、はたして何年振りか。

2017年で一番泣いたのは間違いない。

 

さっくりとお伝えすると、

戦後の情緒あふれる田舎町で暮らす、

不器用だけどあたたかい男「ヤス」

の人生を描いた物語、ストーリーです。

 

この小説を一文字で表すなら、

「愛」に尽きます。 

 

刺さった言葉はたくさんありましたが、

中でも一文だけ引用します。

主人公ヤスがとある人物に贈った言葉。

 

幸せになりんさい

金持ちにならんでもいい

偉い人にならんでもいい

今日一日が幸せじゃったと思える毎日をおくりんさい

明日が楽しみにできる生き方をしんさい

 

・行っている仕事は、果たして何のために、誰のためにやっているのか

・行っている情報収集(勉強)は、果たして、何のために、誰のためにやっているのか

・金儲けは、果たして、何のために、誰のためやりたいのか

 

これをもう一度考えなくてはいけないなあ、

そう思いました。

 

併せて、「この方はホンモノだ・・・」

と尊敬している気仙沼社会起業家のお言葉を思い出します。

 

①世の中のあらゆるもの・事は、

 誰かが誰かを助けるために、出来ている

 

②世の中のあらゆるもの・事は、すべて円である。

 全は一、一は全である。

(まだ私自身はこの境地に至っておりません・・・) 

 

私自身の原体験になりますが、 

フリーターとなり、強制的に行動する必要が無くなってみた所、

自分の為だけに「これをしよう!」と思った事が、

とてつもなく億劫この上なく、やる気がまったく起きない事実に、気が付きました。

 

「誰かのために」を強く意識してやるならば、

自分の想像以上に、頑張れるし、

成長できる気がしています。

 

話は少し脱線してしまいましたが、

「とにかく、泣いて、泣いて、頭をすっきりさせたい方」

必見です。

 

共感力でいえば、

25歳よりも、40~60歳くらいのお父さん世代の方が、

圧倒的に刺さるのではないでしょうか。

4時間位でサクッと読めます。 

 

つまらないTVのお笑い芸人のトーク番組を、

ボーっとして垂れ流す時間を過ごすよりかは、

私自身は大変有意義な時間を過ごせました。^^

 

「愛」に溢れる人間を目指したい。

 

inakanohito

宮城県気仙沼市にドローン配送が導入される日。

2016年の12月。

私は自分自身へのクリスマスプレゼントに、

ドローンを買いました。Amazonタイムセールで。(一番安い)

 

実際に使ってみると、

(こんなに軽々と、素早く飛べるなんて

なにこれすげー!空撮もできるし、すげー!)

 

と山の中、ひとりで高揚していました。

 

2017年1月12日。おととい。

こんなニュースがありました。

www.meti.go.jp

 

福島の南相馬市で、実験的にドローン配送の実験がされ、

うまくいった、というニュースです。

 

【写真(3):サーファーに暖かい飲み物を手渡す様子】

って記事内にあるけど、どれが手なんだろうと思いつつ。( ´艸`)笑

 

まだまだ既存の航空法との兼ね合いで、

実証実験の場所も、戦略特区に限られるようですが、

個人的に「胸アツ!」なニュースです。

 

ドローン配送は、辺鄙な田舎での、

宅配運転手のリソース減に、相当に寄与すると思っています。

 

なにせ、私の家は近くのコンビニまで、十数キロ。

少し森に出れば魑魅魍魎が跋扈する、秘境なのです。

(ちみもうりょうがばっこする→センター試験にでるかもしれませんよ!受験生がんばれ!)

 

私が昨年5月にUターンした後、

食料以外の買い物は、9割以上、

インターネットで済ませています。

 

楽天は出店者手数料と月額が高い分、消費者最終価格にのるので、「安い!」と見せかけて、アパレルとかは割と高いです。(でもポイントを使うと安い場合もある)

 

なので、ヤフオクYahoo!ショッピング

Amazonを使い倒し、最近では

ラクマやメルカリを使い倒しています。

 

「ボタンをぽちっとな。」

 

これで、私が住まう、

魑魅魍魎が跋扈する(2回目)秘境に

荷物が、ポチした次の日には届く。

 

本当に宅急便や〒の物流システム、

すげえ!はんぱねえ!ありがたい!

といつも思っています。

 

宅配便のお兄さんにとってみたら、

十数キロかけて、集配所から車でわざわざ届けなければならない、

しかも家同士が離れているから、

市内なら同じ距離で100個配送できるところが、

私のようなドがつくくらいの田舎地域は、

10個も配送できないでしょう。

 

仮に歩合給で動く宅配便のお兄さんにとってみたら、

弁慶の泣き所をドローンで殴られるような気持でしょう。

 

しかも、宅急便は1日に、午前と午後、

2回に分けて、届けてくれたりします。

 

本当にありがとう、いつもありがとう。

感謝しています。宅配のお兄さん。

 

だからこそ、こんな辺鄙な田舎にこそ、

この「ドローン配送」を早急に導入してほしい、

と切に願っているんです。

 

まだメルカリ便の(集荷サービス)にすら対応していない、

宮城県気仙沼市に導入されるのは、いつになるのだろう。

※ちなみにアメリカでは既に実用化されています

japanese.engadget.com

 

正直、

「いやいや~まだまだ先でしょう~」

という世間の一般認識だと思います。

 

しかし、かのホリエモンでさえ、

スマートフォンがこんなにも社会に普及するという事は

予測できませんでした。

 

私が高校1年の春。

はじめて携帯(ガラケー)を所持したときの感動。

モバゲーの掲示板で、遠隔でリアルタイムに

友人とやり取りができた感動を、今でも覚えています。

 

今や、スマートフォンが普及し、LINEが普及し、

そうした遠隔リアルタイムやり取りができるのが、

当たり前、日常となりました。

 

5年後の2022年には、

ドローン配送が、ごくごく当たり前になっているかもしれない・・・。

 

宅配コストが減るという事は、その分送料が減り、

通販の物が安くなるという消費者メリットはもちろん、

金銭面だけでなく、環境コストも減らしてくれます。

 

持続可能な社会形成へ、また一歩前進。

願ったり、かなったりですね。

 

そんな、テクノロジカルな未来を想像するのが、

ワクワクで楽しくてしょうがないです。

 

バブル後世代の若者は所得が少なくて不憫だ、

というような声もありますが、(確かにそうなんですが)

良い時代に生まれたなあ、とつくづく感じています。

 

これからも平和な世の中でありますよう。

 

 

inakanohito

おせっかいと善意の境界線

おせっかいとは・・・
出しゃばって世話を焼くこと。不必要に人の事にたちいること。

 

つい、相手のためだと思い、善意で行った行為。

 

もっとこうした方がいい。
これなら、こうするのがいいんじゃない?
それは○○だから、やらない方がいいよ。

 

こうした善意が、相手にとって、ペースを乱される事につながり、

うっとうしい!と思われてしまい、結果、

双方とも、わだかまりを起こしてしまった事、ありませんか。

 

そんな事が今日、ありました。

 

善意の押し付けは、相手にとってはおせっかい、迷惑となる事もある。

 

相手の顔色を窺い、

(これ以上は立ち入り禁止)

 

サインが現れたら、それ以上は、立ち入らない事が、

お互い良い事もあるんだなあと気づきました。

 

玄関から土足で家に入られるものほど、

不気味で不快な事はありません。

 

でも、もしも

私が水道工で、相手の家内の下水道管から、

水が溢れていて、今にも破裂しそうな事に相手が気づいていないなら・・・。

 

直してくれた水道工は、

一瞬の間に、相手にとって不審者からヒーローに変わります。

 

 

不審者とヒーローは紙一重、

おせっかいと善意もまた、紙一重でしょうか。

 

おやすみなさい。

 

 

inakanohito

 

あなたは何日人生を過ごし、あと何日生きられるのか

ちょっと面白いサイトがあったので、紹介します。

 

あなたはあと何日生きられるのか。

lifetime.in.net

 

(あー、明日から○○嫌だなあ。あー気づいたら正月休みがあっという間に終わってしまった・・・)

※あえて仕事とは書きませんが

 

つい、忙しい日々に埋没し、頭を悩ませるとき。

日々を襲う、悩み、苦しみ。

 

こんなもやもやした気分で、夜、眠りにつき、

明日の朝を迎え、何気ない日常に舞い戻っていく。

 

私自身、東京で2年間のビジネスマン生活をしていたとき、

地下鉄の中で傘をさしているくらい、仕事の事で頭が一杯で、

 

あした生きれるのが、当たり前、日常は永遠に続くんだ、

というような感覚でした。(あと○○日耐えれば休みだぁい!)

 

明日、1週間後、1か月後、1年後。未来は不確実です。

未来はどうなるか、だれも予想はできないし、

予言はできません。

 

しかし、

ひとつだけ、決定的な事実があります。

人は必ず、死ぬという事。

 

ついありふれた日々を過ごすなかで、

人生は有限、という事実を忘れてしまってはいないでしょうか。

 

「死ぬ」という事は、つい日々の生活の中から分離されがちです。

(例えば葬式にせよ仏壇にせよお墓にせよお化けにせよ然り)

 

しかし、北方水滸伝を読んで(別ブログ参照)、死は決してネガティブな事ではなく、

ごくごく自然な事(人間は自然の一部に過ぎない)で、我が人生、

自身の人生をとおして何を描きたいかは自由で、十人十色、すべてバラ色である!

という事に気付きました。

 

悲観的になる、という事ではなく、

1秒でも、楽しい、充実した人生だったなあ

といって死にたい。と私個人は思います。

 

だからこそ、人生が有限である事から逃げるのではなく、

心のどこかに、常においておきたい。

 

 私は、大体10000日を過ごし、

残り20000日くらい(80歳まで)ありました。

3分の1を終え、残り、3分の2くらいです。あくまで平均寿命です。

 

いつまで生きれるか、私自身にも、他の人にも誰にも分らないが、

いつかは必ず死んでしまう。

 

ああ、幸せな人生だった。

周りに感謝し、感謝される、いい人生だった。

 

今この瞬間に死んでも、そう思えるように。

そんな人生をこれから残り3分に2は、歩んでゆきたい。

 

 

と、聖人君主にfake itしてみました。

 

 

inakanohito

 

あけましておめでとうございます。レッテル人間からの脱却を。

遅れましたが、あけましておめでとうございます。
 
 
今年は、学歴、地位、権力、役職、権威、資格などの、
 
自分がこれまでに意識してきたひとつの基準、
 
「レッテル」を外し、人間性を磨くことを目標にします。
 
 
私自身、基本的に、全身レッテル武装人間でした。
 
受験勉強を(要領よく)頑張り、(運よく)国立大学に進学し、
 
(滑り込む様に)上場企業に就職しました。
 
 
資格も英検や宅建を始め、たくさん持っています。
(それほど難しい資格は持っていません^^:)
 
 
なぜ、こんなにも、色々な「レッテル」を自分自身にくっ付けたがってきたんだろう。。
 
そうか!!
 
自分に自信がなかったからか!!
 
 
こうした、色々なレッテルを引っぺがしても、
 
ああ、このひとと一緒にいたい!
 
尊敬できる!なんか面白そう!
 
そんな人間を、、これから目指してまいりたいです。
 
 
 
近くに困っている人がいたら、
 
私利私欲を捨て、なりふり構わず、見返りを求めず、手助けできる人間です!
 
と自信を持って答えることができる様に。
 
 
 
人生は100%、全員に終わりがきます。
 
最後、骨になって、土に還るときに、
 
レッテルは、全て引っぺがされてしまう
 
 
心が素っ裸でも、
 
綺麗で、無垢なままでいたいなあ、と、思いました。
 
 
 
そんなわけで、まずは外見から変えてみよう。
 
眼鏡をやめて、コンタクトにします。笑
 
「千里の道も、一歩から。」
 
 
みなさまとの出会いを通じて、
 
ワクワクドキドキの1年となり、自身の心を磨き、一歩、成長できます様に。
 
 
抽象的な文章となってしまいましたが、
 
ご拝読いただき、ありがとうございました。
 
本年も引き続き、よろしくお願いいたします!
 
 
inakanohito

高橋博之氏著「都市と地方をかきまぜる」を読んだあとのメモを書き残しておきます

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2016年も本日で終わりを迎えます。

今年の最後を締めくくる本は、「都市と地方をかきまぜる」。

 

まさに、3年前、私自身が目指していた事

「中間を通さず、農業生産者から消費者(生活者)へ直接届ける」を、

実際に形にしている「食べる通信」の発起人の方が書いた著書です。

 

恥ずかしながら、最近まで、食べる通信も、高橋さんも、

まったく知りませんでした。

 

東京のIT企業で、インセンティブをモチベーションとし、

2年間、朝から晩まで、満員電車に揺られ、働きました。そして消費し続けました。

気づくと、月々の食費は、10万円を超えていました。

 

消費することは、楽しい。快感です。

 

しかし、、もやもやが残ったままでした。

このまま、「東京の消費生活の中で生きること」への疑問。

営業で結果を出しても、なぜか充実感が満たされない心。

 

なぜ、そんなことが起こっていたのか、

この本を読んで、わかった気がしました。

 

「リアリティの欠如」です。

ひとはみな、自然の中の一部であることを、

自然と触れる機会が離れるほどに、忘れていきます。

 

現社会で生じる様々な問題は、

自然と人間を、分離するように動いてきた結果だ

といっても過言ではないように思えました。

 

「人間の一生は、宇宙における一瞬の刹那に過ぎない」

「あらゆる自然は生まれ、また必ず死ぬ」

 

自然そのものである、農作物とのかかわりを通して、

命の尊さや、生きる事について、

もっと深く知りたいと、純粋に思いました。

 

せっかく私は今田舎にいるので、

来年は農作物の尊さを学び、伝えよう!伝えます!

 

そして、今、この一瞬を、大切に、大事に生きよう。

 

5月から始めたブログ、

9000人以上の方に、記事を読んでいただきました。

f:id:satou-mitsu:20161231140408j:plain

 

正直、びっくりしています。併せて感謝し、

もっと有益な情報を発信せねば、という気持ちです。

 

来年も、不定期にはなると思いますが、更新しますので、

inakanohitoを、そして各方面でご活躍されている、田舎の人を、

ぜひ、よろしくお願いいたします。

 

 

以下、チェックしたメモを書きなぐります。

何かしらの気づき、助け、ヒントとなれば幸いです。

ーーーーーーーーーーーーーーー

都会 ー 買い物や飲食をしようと思えばありとあらゆる店がそろい 、

時間帯も気にせずに刺激と欲求を満たすことができる 。街並みは人工物で埋め尽くされ 、直線の世界。人と関わる煩わしさが少ない分だけ気楽だが 、孤独な世界。

 

田舎 ー 狭いコミュニティの田舎は 、家族 、親戚 、地域住民 、仕事仲間 、同級生など 、知り合いの眼差しに常にさらされているだけに 、気が抜けない
でも気心知れた人たちの中にいることには 、おさまるところにおさまる安堵感もある 。


都会と田舎の 「いいとこ取り 」

都会に暮らす自分に納得し満足しながらも 、

都会では埋めることができない 「何か 」を田舎に求める人々

ふたつの 「見えない檻 」

家族も他人も地域も自然も 、自分の思い通りにならない

都会で自由な暮らしを送りながら 、孤独や飢餓を避けるためにはお金が必要

時間だけが労働に拘束

自由の奴隷

この状態を養老孟司さんは 、 「脳化社会 」と呼んだ

人間がつくるものを人工物 、人間がつくれないものを自然と定義すれば 、私たちの体も本来は自然である 。だから自然の中に体を置くと 、気持ちがよいと感じる

身体感覚

「いいとこ取り 」の生活の中で気づいたことは 、前述のように都会も 、いや 、むしろ都会の方がより行き詰まっているのではないだろうかということ

「関わり 」や 「生きる実感」

ごく一般的な家庭
ちゃんと勉強し 、いい成績をとり 、いい大学に進学し 、役所か大きな会社に勤めて 、安定した給料をもらう

発展途上国 ー「生 」を貪るように生きる人々の姿だった 。

「母なる優しい自然 」と 、ときに人間の命を脅かす 「父なる厳しい自然 」

人間も自然の一部なのだから 、自然に感謝し 、畏怖し 、共存して生きていかなければならない 。

津波の後は海に戻れ 。海が豊かになっているというんさ 」その言葉通り 、津波の後の海は 、通常二年かかって育つ大きさの牡蠣が一年でなるほど豊か

「食 」は誰しも一日三回毎日繰り返す身近なものであり 、私たちの生命を支える最も重要な行為だ 。


「見えない化け物 」


食は命に直結する

世界との接続を断たれた消費者にとっては 、もはや工業製品となんら変わりないものになってしまっている 。彼らにとって 、食べるという行為は車にガソリンを給油することに近い 。

生きものの命に感謝する 「いただきます 」や 「ごちそうさまでした 」も 、単なる形式的な儀式へと変容してしまっている 。

「生 」は他の生きものの 「死 」を前提にして成り立っていることを改めて感じた 。
それを人間は収奪しなければ生きていくことはできない 。これは 、誰もが逃れることのできない掟だ 。

生きものの 「死 」を前提とした自らの 「生 」を感覚できなくなってしまったから

国民皆保険制度という世界に冠たる仕組みができたおかげで 、病気の多くは治るようになった 。併せて「死 」について考える機会が昔に比べて圧倒的に減った

多くの都市住民が今 、自らの 「生 」を持て余しているのは 、逆説的だが 「死 」から遠ざかってしまったからではないだろうか 。

 

「死 」と隣り合わせの 「生 」は 、限りあるからこそ自ら光り輝こうとする

 

人口減を嘆く前に「関係人口」を増やせ

 

消費者と生産者も「かきまぜる」

 

「消費者」ではなく「生活者」になろう

ーーーーーーーーーーーーーーー

引用:「都市と地方をかきまぜる」高橋博之氏著

 

 

良いお年を!